高齢者の生涯教育のあるべき姿

私の父は、既に定年退職をして年金生活に入っていますが、楽しく健康のためになることをするように話しています。

父は長年教職に就いていましたが、教職に就いていた人が定年後に何もしなくなってアルツハイマーなどの痴呆症にかかることが多いそうです。

 

特に頭を使う仕事をやっていた人が年老いてから頭を使わなくなると急激にボケることがあるそうです。

幸い父は無趣味ではないので、園芸をやったり俳句などを詠んだりしています。

私の母は、父よりは少し若いのですが、地元の老人大学に通って手芸や陶芸を習っています。

読書よりは頭を使わないにしても手先を動かすことは脳の活性化につながります。

2人とも趣味を楽しんでいるという感じですが、人間の寿命は足腰の強さから来るとも言われていますので、なるべく体を動かすようにも言っています。

 

高齢者の5割は生涯教育をしている

私の自宅の近くには公民館と公園があります。

公民館から放送が流れ、公園に集まって皆さん仲良くゲートボールをしています。

何もしないでブラブラしているよりも体を動かせば健康にも良いしストレス発散にもなります。

自分一人で何かに打ち込むのも良いですが、みんなで仲良く楽しんでやるのがいいですね。

 

民間のカルチャーセンターに通ってお習い事をするのもよいですが、高齢者が自主的に集まってみんなでワイワイ楽しくやっている姿を診るのは何とも微笑ましいです。

これから核家族化が進み、ますます一人暮らしの高齢者が増えていきますので、何かのコミュニティに属することはとても大切です。

一人暮らしで体の具合が悪くなったときなどは、お互いに助け合う体制ができていくからです。

現在は健康ブームであることも相まって体を動かしたり、趣味を楽しんだりして生涯教育に関わっている高齢者が5割を超えていますが、これからはさらに増えていくと思われます。

 

老人大学の生涯教育の取り組み

1965年に国際連合のユネスコが生涯教育がはじめて提唱されてから、世界各国は高齢者の生き甲斐について本格的に考えるようになりました。

わが国でも1970年以降は65歳以上の人口が急速に増えて高齢化社会に入り、生涯教育ということが叫ばれるようになりました。

現在のような高齢化社会に入る前に長野県では住職が開いた「楽生学園」、兵庫県の「いなみ野学園」などでは老人の生き甲斐を求めて生涯教育が行われていました。

国の取り組みとしては、1981年に中央教育審議会が生涯教育に関する答申を行って以来、生涯教育という考え方が重視されるようになりました。

それ以来、全国の国公立大学などで老人大学を開催されるようになり、政令指定都市の50%以上に老人大学が設置されています。

 

老人大学とは、高齢者が地域社会の中で若者とふれあったり、健康づくりをしていく中で自己啓発ができる教育機関です。

高齢者が大学で何を学ぶ必要があるのか、年老いてから読書などしても意味がないという人がいます。

しかし、意味があるかどうかの問題ではなく、高齢者がいつまでも健康で元気でいるためにはどうしたらよいかという問題です。

記憶能力は年齢とともに低下するものの問題解決能力や言語能力については年齢とともに向上することが医学的にも検証されています。

また、長年培った知恵と経験を生かすことで対人的な交渉能力を発揮する場面も多いのではないでしょうか。

 

先述しました「いなみ野学園」では、高齢者の意識の改革、能力の開発、健康づくりという目的で必修科目の教養講座を設け、文学・哲学・歴史・経済・時事問題を学びます。

また、東京世田谷区は老人大学を高齢者の文化・学習センターとして位置づけて修了生の地域活動の支援を行ったり、宮城県の「せんだい豊齢学園」では、仙台市の「豊齢化社会」を目指して、高齢者の積極的参加を促し、高齢者を援護するリーダーの育成を行っています。

高齢者の中から高齢者のリーダーを育成して積極的に生涯教育を行おうとうする取り組みをしているのです。

国や地方公共団体が真剣にこの問題にとり組んでいけば、社会全体が良くなるはずです。

 

 

団塊の世代が活躍できる豊かな日本を

現代では医療技術も栄養状態の良くなっているので、人生100年とも言われるようになりました。

戦後の高度経済成長期の経て日本は豊かになりましたけど、その当時と現代では違っています。

高齢者を定年退職した人々として位置づけ、国民の税金を老後の安定した生活費に充てるという仕組み自体がもう古くなっていると言えるでしょう。

 

現在90歳以上の戦争体験者で高度経済成長期を発展させた人々は、長い間「お疲れさまでした」という意味で、日本が豊かになったことの代償を受けて当然だと言えます。

その方たちの子である70代の戦後のベビーブームに生まれた団塊の世代の人々は、日本が豊かになって大人になった人々であり、それなりの富を構築していることが多いです。

私はもっとこの世代の人々に活躍して欲しいと願っています。

 

1990年代初めのバブル崩壊、2008年のリーマンショック以来日本は低成長時代を続け、低所得者層の暮らしは一向に改善されていません。

ところが、70~80代の高齢者は暮らしていくには十分の年金を支給されています。

現在20~30代の若年層の多くが国民年金を不払いにしているのです。

その理由は、一生懸命働いて得た賃金から年金保険代を支払っても、将来十分な支給が得られないことが分かっており、現在生活するのに十分な年金の支給を受けている高齢者との間に不公平感を強く持っているからです。

 

また、日本の景気が低迷しているのは、お金が流通しないからであり、私はもっと高齢者の方に社会に貢献して資産運用のしていただきたいと考えています。

最近は金融機関もようやくそのころに着目して、65歳まで引き落としができない定期預金などの仕組みを作り始めました。

しかし、これから高齢者になる人々は老後に支給される年金額に不安を覚え、精神的にも物質的にも貧しいのです。

現在の日本を豊かにするために、かつて日本が豊かになったことの恩恵を受けている人々にもっと社会に貢献していただきたいのです。

 

そのための方策はいろいろあると思います。

例えば、研究者の育成機関に投資したり、ベンチャー企業家に投資をしたり、介護の相互扶助に投資するなどです。

戦後の日本の教育は、一部の天才を生み出すシステムではなく、平均的に優秀な人材を大量に育成してきました。

その教育の恩恵をうけている人々も現在70代の人々です。

日本でもノーベル賞を受賞する人が増えてきていますが、日本人の真面目な国民性からすれば、もっと沢山排出してよいはずなのです。

ノーベル医学賞やノーベル化学賞を受賞した人々が口々に唱えるのが若手の研究職に回る費用が少なすぎるということです。

また、ベンチャー起業においても同じことが言えます。

現在ではIT企業が成長企業として、多くのベンチャー起業家が生まれていますが、これからは医学部門、バイオテクノロジー部門、エネルギー部門でも大成功する人が出現していくでしょう。

経済産業省などでも融資制度を設けていますが、厳しい審査に通らなければ融資を受けることができません。

個人投資家でベンチャー起業家に融資をしている人はいますが、組織的にベンチャー起業家に投資している機関は非常に少ないです。

 

これからは投資をする人々と投資を受ける研究者やベンチャー起業家を仲介する民間の機関が出現していくでしょう。

そして、高齢者がまだ元気なうちに介護施設の投資をして将来自分自身が介護が必要になったときに無償または低額で利用できるようなシステムをつくるべきです。

それが老後も安心して暮らせる社会づくりであり、また豊かな日本を取り戻すための大きな戦略と考えています。

そのためには、高齢者の生涯教育は、高齢者自身が楽しく健康に暮らすための教育だけに終わらず、高齢者、特に団塊の世代がもっと社会で活躍して貢献できるように意識改革をしていただけるような生涯教育をすべきです。

 

 

 

 

コメント

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


▲トップへ戻る